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札幌地方裁判所 昭和63年(ワ)50号 判決

原告(反訴被告) 南空知消防組合

右代表者管理者 桂芳弘

右訴訟代理人弁護士 黒木俊郎

被告(反訴原告) 葵交通株式会社

右代表者代表取締役 渡辺裕之

右訴訟代理人弁護士 猪股貞雄

主文

一  被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し、金三〇万三七七〇円及びこれに対する昭和六二年二月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ全て被告(反訴原告)の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 主文第一項と同旨

2 訴訟費用は被告(反訴原告以下「被告」という。)の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告(反訴被告以下「原告」という。)の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告は被告に対し、金三九万七九二〇円及びこれに対する昭和六二年二月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の反訴請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 当事者の地位

原告は、地方自治法二八四条一項の規定に基づいて地方公共団体の消防事務を共同処理するため栗山町、由仁町、長沼町、南幌町により設立された一部事務組合であり、被告は、タクシー業務を営む株式会社である。

2 事故の発生

昭和六二年二月六日午前一〇時二〇分ころ、札幌市白石区本通一九丁目南二先の交差点において、急患移送中のためサイレンを鳴らし赤色灯を回転させながら右交差点に進入した板東晴彦(以下「板東」という。)運転の原告所有の救急車(札八八せ八二一七 以下「本件救急車」という。)と、青信号で右方向から進入してきた佐々木幸弘(以下「佐々木」という。)運転の被告所有の普通乗用自動車(札五五か一五八九 以下「本件タクシー」という。)が衝突した(以下「本件事故」という。)。

3 責任原因

道路交通法四〇条は、緊急自動車の優先を規定し、交差点又はその付近において、緊急自動車が接近してきたときは、車両は交差点を避け、かつ、道路の左側に寄って一時停止しなければならない旨を定めている。しかるに、佐々木は、本件救急車がサイレンを鳴らし赤色灯を回転させながら徐行して交差点に進入したにもかかわらず、右義務に違反し、サイレンに気付かず、前方注視を怠ったため救急車にも気付かず、漫然とタクシーを交差点内に進入させた過失により本件事故を発生させた。被告は佐々木をタクシー乗務員として雇用しており、本件事故はその事業の執行中のものであるから、民法七一五条により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

4 損害

本件事故により原告所有の救急車の右側面が破損し、原告は、その修理費用として三〇万三七七〇円を支出した。

5 よって原告は被告に対し、金三〇万三七七〇円及びこれに対する不法行為の翌日である昭和六二年二月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1及び2の事実は認める。

2 同3のうち、原告主張の法条の存在、本件救急車がサイレンを鳴らし赤色灯を回転させながら交差点に進入した事実、佐々木が本件タクシーを交差点内に進入させた事実、本件事故が発生した事実、及び被告が佐々木をタクシー乗務員として雇用しており、本件事故がその事業の執行中のものであるとの事実は認めるが、その余の事実及び主張は否認し、争う。本件救急車は安全確認を尽さず徐行もしないで交差点に進入したものである。

3 同4の事実は知らない。

三  抗弁

緊急自動車といえども、赤信号の場合は他の交通に注意して徐行すべきものであるところ、本件事故の現場は、当時積雪が雪山をなし、極めて見通しの悪い交差点となっており、右雪山のためサイレンの音の通りも悪く、路面はアイスバーンをなし急ブレーキはきかない状態で、交差道路を青信号に従い交差点に進入しようとする車両が救急車に気付いて停止しようとしても容易に停止できないことが予測されたのであるから、本件救急車を運転し、救急業務に当たっていた原告の職員板東は、交差点に進入するに際し徐行し、交差道路を進行して来る車両の有無の確認を尽し、進行車両があった場合、その車両の動きに注意し、自車に気付いて停車することを確認した上で進行すべき注意義務があったのに、これを怠り、減速したのみで、安易に他車が停車するだろうと考えて進行した過失があり、少くとも五割以上の過失相殺をすべきである。

四  抗弁に対する認否

緊急自動車といえども赤信号の場合は他の交通に注意して徐行すべきものであること、本件事故現場に雪山があったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(反訴)

一  請求原因

1 本訴請求原因1、2と同じ

2 責任原因

原告の救急車は、緊急自動車で赤色灯を回転させサイレンを鳴らしていたが、対面する信号が赤であったから、他の交通に注意して徐行すべきところ、本件事故現場は、当時積雪が雪山をなし、極めて見通しの悪い交差点となっており、右雪山のためサイレンの音の通りも悪く、路面はアイスバーンをなし急ブレキーはきかない状態で、交差道路を青信号に従い交差点に進入しようとする車両が救急車に気付いて停止しようとしても容易に停止できないことが予測されたのであるから、本件救急車を運転し、救急業務に当っていた原告の職員板東は、交差点に進入するに際し徐行し、交差道路を進行して来る車両の有無の確認を尽し、進行車両があった場合はその車両の動きに注意し、自車に気付いて停車することを確認した上で進行すべき注意義務があったのに、これを怠り、減速したのみで、しかも安易に他車が停車するだろうと考えて進行した過失により、本件タクシーの発見が遅れて急停車したもののタクシーの進路を妨害する結果となり、その右側部にタクシーを衝突させたものであるから、原告は、国家賠償法一条により被告に対し損害を賠償する責任を負う。

3 損害

(一) 車両破損修理費 三七万三九二〇円

(二) 休車補償 二万四〇〇〇円

但し、一日当たり八〇〇〇円の三日分

(三) 合計 三九万七九二〇円

4 よって被告は原告に対し、金三九万七九二〇円及びこれに対する事故の翌日である昭和六二年二月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2のうち、「原告の救急車は緊急自動車で赤色灯を回転させサイレンを鳴らしていた」こと「対面する信号が赤であったから、他の交通に注意して徐行すべき」こと、「本件事故現場は、当時積雪が雪山をなし」ていたこと、は認めるが、その余の事実は否認する。

原告の職員板東は、徐行し、安全確認を尽していたものであり、本件事故は、被告所有のタクシーの運転手佐々木が不注意のため、サイレンにも救急車にも気付かず漫然と交差点に進入し、交差点内で救急車の存在に気付いたが既に遅く、救急車の側面に衝突したものであって、佐々木の一方的な過失により発生したものである。

3 同3の事実は不知。

第三証拠《省略》

理由

(本訴)

一  請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで被告の責任について判断する。

1  請求原因3のうち、本件救急車がサイレンを鳴らし赤色灯を回転させながら交差点に進入した事実、佐々木がタクシーを交差点に進入させた事実、本件事故が発生した事実、は当事者間に争いがなく、右争いのない事実と、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

(一) 原告の救急隊員である板東は、昭和六二年二月六日午前栗山町内の病院から患者を札幌市内の病院へ転院搬送する救急業務として本件救急車を運転し、サイレンを鳴らし赤色灯を回転させて同日午前一〇時二〇分ころ本件事故現場である札幌市白石区本通一九丁目南二先の国道一二号線と市道清田道の交差点にさしかかった。当時天候は晴で、路面は圧雪状態で部分的に氷盤をなしていたが走行に支障はなかった。本件救急車は国道一二号線を東橋方向へ進行しており、他方、被告の従業員佐々木は、本件タクシーを空車で運転し、中央分離帯のある前記市道を南郷通方向へ、すなわち本件救急車の進行方向の右方から交差点へ向けて進行していた。

(二) 板東は、右交差点の信号が赤を表示していたので、それまでの時速四、五〇キロメートルの速度を落とし、交差点手前に二列に停車していた車両の右側センターライン寄りを走行して交差点に近づき、交差点入口付近(衝突地点の約二〇メートル手前)では徐行の状態となった。しかし、同地点では、交差道路右方の交通の確認が、高いところで一・七メートル程になっている雪の山のため困難であったところから、徐行状態で更に約一〇メートル進行し、助手席の沢田救急隊長が左方の、板東が右方の交通状況を確認したところ、左斜前方の分離帯を隔てた左からの車線には三台程の車両が交差点入口付近に停車しているのが確認され、他方、右方からの車線については、同車線の交差点入口から約五〇メートル余り(衝突地点からは約六五メートル)手前の送電線の鉄塔の横付近の路上に、交差点へ向け進行して来る本件タクシーが確認された。他に進行車両はなく、右確認地点では前記雪山は相互の視界の妨げにはならなかった。タクシーは通常の速度と認められ、その走行に何ら異常を感じさせるものはなかった。そこで板東は、自分の運転する本件救急車は既にタクシーの進路斜前方にありタクシーからの認知が容易な位置関係にあったうえ、赤色灯を回転しサイレンを鳴らしているのであるから、タクシーは当然救急車を認知し避譲措置を講ずるものと考えて、セコンドギアで徐行して交差点内を進行した。ところが、右確認地点から八、九メートル進行した地点で右方を再度確認したところ、右方約一〇メートルの地点にタクシーが迫っており、減速もしていないように感じたので、ブレーキを操作しても間に合わないと判断し、加速して衝突を避けるべくアクセルペダルを踏んだが、かわしきれず、本件救急車の右側後部タイヤハウス付近に本件タクシーの前部が衝突し、救急車はその衝撃で一回転しながら左斜前方約一二メートルの地点に止まった。

以上の事実が認められる。

なお、被告は、本件救急車が徐行しておらず、かつ安全確認を尽していなかったと主張し、証人佐々木幸弘は右主張に沿う証言をしている。すなわち、その証言の要旨は、タクシーを運転していた佐々木は、前方の青信号を確認し時速四〇ないし四五キロメートルで進行し、交差点の入口付近に達したとき、左方道路の交差点入口付近に時速約四〇キロメートルで進行して来る救急車を発見し、直ちにブレーキを施したが、車輪がロックし滑るように進行して救急車の側面に衝突した、当時タクシーはスパイクタイヤを装着し、窓を閉めていたものの、付近に騒音はなく、交差点角の雪山のためかサイレンは衝突時まで聞こえなかった、というもので、タクシーが交差点に進入した時点での救急車の位置、救急車の徐行の有無、ひいては救急車の運転者板東の右方交通の確認の有無等の点で、《証拠省略》と相反するものである。しかし、《証拠省略》によれば、本件救急車のサイレンは、前方二〇メートルで九四ホーンが測定されるという音量の大きなもので、地上二・一二メートルの位置に取り付けられていることが認められ、かかるサイレンの性能、取付位置と本件タクシーの走行していた付近には他に車両はなく、天候は晴で、ことさらに騒音もなかったことよりすれば、高い所で一・七メートル程度の雪山があったことや、佐々木の証言するように本件タクシーがスパイクタイヤを装着し窓を閉じていたことを考慮に入れても、本件救急車が向かうのと同一の交差点に向けて走行している本件タクシーが、交差点に進入するまでサイレンを聞き取るのが困難であったとはとうてい認められず、それにもかかわらず本件タクシーが減速せずに交差点に進入していることは、タクシー運転者がこれを聞き逃していたことを推認させる上、救急車の運転者板東の右方確認の有無、タクシーが交差点に進入したときの救急車との位置関係、救急車の徐行の有無等についての板東証言の内容は、前記認定と同旨であるところ、その証言は、減速、徐行の動作、安全確認の方法、タクシーの発見位置等極めて具体的であって、衝突後停止するまでの救急車の進行態様も、衝突回避のためアクセルペダルを踏んだとすることにてらせば、徐行して交差点に進入したとするところと何ら矛盾するものではなく、右板東証言の信用性に疑いをさしはさむべきものはない。右のようなサイレンの性能等及び板東証言の信用性にてらせば、佐々木証言は採用できない。

右によれば、本件タクシーの運転手佐々木は、本件救急車のサイレンが鳴っているのにこれに気付かず、前方注視を怠ったため救急車にも気付かず、漫然と本件タクシーを交差点に進入させたものと認めるのが相当であり、本件事故は佐々木の右過失により生じたものといわざるを得ない。

2  請求原因3のうち、被告が佐々木をタクシー乗務員として雇用しており、本件事故がその事業の執行中のものであること、は当事者間に争いがなく、そうすると、被告は、民法七一五条により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

三  損害

《証拠省略》によれば、本件事故により原告所有の救急車の右側面が破損し、原告はその修理費用として三〇万三七七〇円を支出したことが認められる。

四  過失相殺

本件救急車は前記認定のとおり緊急自動車として運転中のものであったところ、緊急自動車は、法令の規定により停止しなければならない場合においても停止することを要しないが、他の交通に注意して徐行しなければならないとされている(道路交通法三九条二項)。したがって、本件のように前方が赤信号であっても救急車は停止することを要しないが、交差道路を青信号に従って進行して来る車両に注意を払い安全を十分に確認し、徐行する義務がある。しかし、他方、交差点又はその付近において緊急自動車が接近してきたときは、他の車両は交差点を避け、かつ、道路の左側に寄って一時停止をしなければならないとされている(同法四〇条一項)。前記認定によれば、救急車の運転者板東は、交差点の前方の信号が赤であったので、減速しながら交差点入口にさしかかり、徐行の状態で左右の見通しの効く地点に至った際、右方を確認し、衝突地点の約六五メートル手前の地点を通常の速度(佐々木もその証言で時速四〇ないし四五キロメートルであったと述べ具体的な速度はともかく、ことさらに高速ではなかったことをうかがわせる供述をしている。)で進行して来るタクシーを認め、その走行に何ら異常を感じなかったので、赤色灯を回転しサイレンを鳴らしている自車を当然認知し、避譲措置を講ずるものと考えて、徐行して交差点内を進行したものであり、右位置関係、速度等にてらせば、路面状態を考慮に入れても、右板東の判断及び進行方法には何らの過失もなかったというべきである。さらに、板東は、安全確認をした地点から約八、九メートル進行した地点で、再度右方を確認し、約一〇メートル右方に迫っている本件タクシーを発見し、衝突回避のためアクセルペダルを踏んだが間に合わず、本件事故となったのであるが、右再確認までの間は、救急車がタクシーの進路前方を徐行して通過せんとする状態となり、タクシーが救急車を現認することは一層容易な位置関係にあったものであるから、初めの確認の際のタクシーまでの距離及びその動静等、本件の具体的事情下においては、タクシーが避譲措置を講ずるものと考え、動静確認を継続していなかったことを以て過失があるとまではいえず、右再確認後の衝突回避措置についても、その位置関係からすると、他の措置によっても衝突を回避することはできなかったというべきであるから、板東に過失はない。よって過失相殺をすべき事情はないといわざるを得ない。

(反訴)

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  同2の責任原因については、本訴請求についての判断の二の1及び四に述べたとおり、本件事故は専ら被告の従業員佐々木の過失に起因するものというべく、救急車の運転をしていた板東に過失は認められない。

三  よって、その余の点につき判断するまでもなく、反訴請求は失当である。

(結論)

以上のとおり、原告の請求は理由があるから認容し、被告の反訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮森輝雄)

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